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第21回現代日本彫刻展(2005)

ユニークな景観へ

建畠 哲

 パブリック・アートとは一般的にはモニュメント彫刻や壁画などを指す言葉である。つまり公共の場所に半永久的に設置された美術作品のことであり、持ち運び可能なタブローなどは、作品の内容によらず、パブリック・アートとは見なされない。
 公共の場所とは、具体的には広場や公園、街路、建築の前庭、ロビーなどである。美術館を訪れるのは目的的に美術作品を見に来る観客だが、パブリック・アートは通行人や散歩する人など、不特定の人たちが目にすることを前提としており、また必ずしも作品の保全にとって良い環境が整っているとは限らない場所での設置に耐えうるという条件が求められもする。アーティストの制作にとってはかなり制約が課せられているのである。事実、フランスなどでは一昔前まではモニュメント彫刻家は、アーティストとしては一段、低く見られるということもあったようだ。
 しかし今日ではパブリック・アートは、アーティストにとってもっとも挑戦しがいのある領域と見なされるようになっている。作品のスケールが大きく、予算も多いといった現実的な理由もあるだろうが、より本質的にはその公共的な性格自体が彼らの制作意欲を誘っているに違いない。ギャラリーや個人コレクターの居間に隔離されるのではなく、都市の景観の形成に直接的に参与するということが、おそらくは制作条件の制約を越えた魅力になっているのだ。
 もっともパブリック・アートの多くは本来の意味でのモニュメントとは見なしえないだろう。ロザリンド・クラウスがいうように、モニュメントとは特殊な場所に位置して、その場所の意味と場所に属する時間の意味を語るものである。まさに官軍の将である西郷隆盛の彫像が、上野の山の上から江戸の町を睥睨しているように、である。それに対してムーアやカルダーの彫刻は場所の意味を語らないがゆえに、世界中の広場に相互に交換可能なものとして設置されていることになる。
 そのような彫刻が、なおパブリック・アートでありうるのはなぜだろうか。端的にいえば、それは彫刻がそれ自体で自立したものとして存在しているのではなく、本来のモニュメントではないにしても、別の意味で場所に属しているからだ。宇部の常盤公園もそうであるが、近代都市の公共の場所には固有の物語が欠落している。それらは美しくもあり、また快適で機能的な空間でもあるだろうが、多くの場合、歴史が排除された非個性的な場所なのだ。彫刻はそこに歴史を作り出すことはできないが、個性的な性格を与える力はある。周囲の環境との相互作用によって、ユニークな景観を生み出すことが可能なのである。都市機能の追及は、つまるところどこも同じ空間をもたらしがちだが、その合理的な必然性を否定することなく、個性的な表現を与えるという働きは、アートにのみ許された特権であるといってもよい。
 美術館のギャラリーでの作品の個性は、良くも悪くも日常性からは切り離された個性である。そこでは独善的な表現の自由が保障されている。だがギャラリーの外の現実の場所ではそうはいかない。公園であれ街路であれ、あらかじめ定められた機能があり、それと調和することが要請される。屋外であれば素材の耐久性も求められる。また純粋にアートを鑑賞しに来たのではない不特定の人たちは、独善的な表現に寛容であるとは限らない。そうした制約の元で、風景に個性を付与するという作業は決して容易なことではないはずだ。
 その困難な条件を解決する一般解というものはない。むしろその場、その場での特殊解を求めるというスリリングな営為にアーティストたちは魅せられているのである。ムーアやカルダーは一般解であったと思われるかもしれないが、彼らの形態の有機性や豊かな曲面は、やはりビル街の直線的な構成の中での特殊解であり、その交換可能性は都市の景観に個性を与えるキャパシティーの大きさを示しているということもできよう。
 彫刻公害という皮肉な言葉がある。ギャラリーの内部なら称揚されるかもしれない彫刻家の自己主張的な表現をそのままパブリック・アートとして巷に持ち出した時の、市民たちの拒絶反応がそこにうかがえる。その一方ではいかにも類型的で無難なパブリック・アート・スタイルというものも、各地の駅前広場などに氾濫している。街を歩いていて、この彫刻がなければと思うことは、稀ではない。個性と開かれた造形性とを一致させるのは、そう簡単な話ではないのだ。
 その点で、今回で21回目を迎える宇部の野外彫刻展は、パブリック・アートならではの造形のありかたを探求する、注目すべき実験の場であり続けてきたことを高く評価されるべきであろう。野外彫刻といえば裸婦像ばかりだった時代に一石を投じ、その波紋が各都市に広がっていった功績は大きい。新人の登竜門としても、ここから何人もの才能が羽ばたいて行ったし、またアトリエに篭っていた著名なアーティストたちも新たな世界を切り開くきっかけを得たのである。
 しかし何より重要なのは、この展覧会が市民の側にパブリック・アートへの関心を啓発したことであろう。美術館の観客とは異なって、市民はパブリック・アートの受動的な受け手ではなく、むしろ主体的な参加者であることが歓迎されているのであって、そうでなければ単なる行政の空回りに終わってしまったに違いない。ここまで継続してきたということは、大袈裟にいえば、パブリック・アートが市民社会の生育に寄与してきたということでもあるのだ。
 もっとも毎回、新鮮な試みが加わらなければ、宇部もまた類型的なスタイルに陥りかねない。招待部門に合わせてコンペ部門が設けられていることは、その意味でバランスの取れた方法であろう。半世紀に近い蓄積の上に、どのような大胆な実験が現れるのか、今回の常盤公演での展開を楽しみに待ちたい。

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